食べる人のワクワクを思って――チョコレートメーカーが作るスイーツはどうあるべきか

作り手の欲をどれだけ削ぎ落として、受け手の心に響くお菓子を作るか――ダンデライオン・チョコレートのペストリーシェフ、辻舞のお菓子づくりの起点は、常に「食べる人」にあります。
かつては、みずからのこだわりを詰め込みすぎて悩んだこともあると話す彼女。入社後の考え方の変遷や、チョコレートスイーツづくりで大切にしていることなどについて聞きました。


 

辻舞(つじ・まい)
ダンデライオン・チョコレート・ジャパン ペストリーシェフ

神戸のフランス菓子パティスリーでパティシエとしてキャリアをスタートし、上京後ジャン=ポール・エヴァン、デカダンダンスドュショコラなどでショコラティエ、製造責任者として勤務。2015年にダンデライオン・チョコレート・ジャパンにペストリーチームのマネージャーとして入社し、製造管理やスタッフの育成、商品開発などを担当。

Bean to Bar チョコレートは実は好みじゃなかった

――ダンデライオン・チョコレートに入社された経緯から聞かせてください。

フランス菓子のお店からキャリアをスタートして、その後は有名なチョコレート専門店を渡り歩いてパティシエや製造責任者をしていました。
ただ、自分が作りたいお菓子と求められるお菓子とのギャップに悩んでしまって、少しお菓子づくりと距離を置こうと思って前職を辞めたんです。その後、偶然ダンデライオン・チョコレートの募集を見つけて、入社することになりました。

――パティシエ時代から、チョコレートづくりには興味があったんですか?

前職でボンボンショコラづくりを経験したときにすごく心が躍って、ずっとこの作業をしていたいと思うほど惹かれるものがありました。
洋菓子とは違う、チョコレートを専門にする仕事にふれて、一般的にショコラティエと呼ばれるような専門職の魅力に引き込まれていきました。

ダンデライオン・チョコレートの募集を見たとき、その記憶がよみがえってきて、ここでの仕事はおもしろそうだと思いました。

――ボンボンショコラを作るときに感じた、洋菓子との最も大きな違いは何だったのでしょう。

それまで作ってきたのは、材料のひとつにチョコレートがある洋菓子でしたが、ボンボンショコラはチョコレートが主役の洋菓子。
生クリームでガナッシュを作ってチョコレートでコーティングする作業はとてもシンプルですが、ちょっとした温度差や乳化の具合などによって、ツヤも口溶けもまったく違うものになるんです。それがとてもおもしろくて。

――元々、ダンデライオン・チョコレートの存在は知っていたんですか?

仕事柄、Bean to Bar チョコレート自体は知っていましたが、ダンデライオン・チョコレートのことは知りませんでした。

それに、ダンデライオン・チョコレートで働き始めるまでは、カカオの含有量が多いチョコレートやカカオニブそのものだけで食べるのは苦手だったんです。初めて、Bean to Bar のチョコレートを食べたときは、口溶けとフレーバーに対してキワモノだと感じ、いまだ成熟していない私の舌にとっては「おいしいけど、素材と合わせないと食べにくいな」という感じでした。

――正直なところ、好みのチョコレートではなかった?

はい(笑)。でも、面接のときに「食べたことがない」と正直に伝えると、その場で食べてごらんと渡されたチョコレートが、想像を遥かに超えておいしくて、衝撃を受けました。「これまでに食べたBean to Bar チョコレートとは違う、これは思いがけず幸運だな」と思いました。

今思えば、これが自分の好みの分岐点だったかもしれません。ダンデライオン・チョコレートのチョコレートバーを食べるようになってからは、カカオの含有量が高い物も素直においしいと思うようになりました。

チョコレートバー各種
¥1,296(税込)
シングルオリジンカカオ豆とオーガニックのケインシュガー(きび砂糖)の2種類だけで作られたチョコレートバー。個性豊かなシングルオリジンのカカオ豆は、私たちが開発した独自の焙煎を行うことで、それぞれの豆が持っている独特のフレーバーやニュアンスを引き出しています。

作り手の思いと、食べる人の楽しさを両立させる

――入社後はチョコレートスイーツを開発するペストリーチームに配属になったんですね。

これまでの私の経験に期待して採用していただいたので、自分にできることを最大限に形にして行こうと思っていました。

とはいえ、入社したときからずっと「カカオ豆からチョコレートを作ってみたい」と思い続けていたので、2年目くらいにチョコレートバーのプロファイル(開発)を任せてもらえたのは本当にうれしかったですね。
オレンジのフレーバーがすごく印象的なインドの豆で、「この豆で開発をさせてもらえるなんて!」と感動したのを覚えています。

――お菓子づくりとは違うおもしろさがありましたか?

いわゆる、お菓子づくりの考え方はまったく通用しなくて、そこがおもしろかったですね。パティシエの常識からすると違うんじゃないかなと思うことが、チョコレートづくりにおいては正しい場合も多くて、驚きと発見の連続でした。
砂糖を加えるタイミングでフレーバーに変化があることなどは、その後のチョコレートスイーツ開発にも活きています。

――辻さんが開発してきた商品のことも聞かせてください。

最初は、サンフランシスコ本店で提供している商品のレシピを活かしつつ、日本人の味覚に合うようアレンジをするのが私のミッションでした。

試行錯誤を経て初めて商品化したのが、ほうじ茶で香り付けした蔵前のカフェ限定の「クラマエホットチョコレート」です。サンフランシスコの「ミッションホットチョコレート」のような、“お店の顔”になる商品にしたいと考えて作りました。
ミッションホットチョコレートという名前は、サンフランシスコの第1号店がミッション地区にあることにちなんでいたので、日本でも同じようなストーリーを商品に重ねたいと思い、名前に「蔵前」とつけようと。

――名前が先に決まったのですね。

そうなんです。そして、蔵前という言葉を冠するにふさわしい素材を求めてお店の近くを歩き、出会ったのが「NAKAMURA TEA LIFE STORE」さん。店主の西形圭吾さんのお茶に対する想いや商品の伝え方は、Bean to Barメーカーである私たちに通じるものがありましたし、純粋にNAKAMURAさんのお茶がおいしいなと感じて、チョコレートとのマリアージュを考えました。

チョコレートもお茶も活きる組み合わせをしばらく模索して、行き着いたのがほうじ茶です。おいしい物同士を組み合わせて、どちらの味も損なうことなく相乗効果が出せたと自負しています。

――ファクトリー&カフェ蔵前で食べられる「シェフズテイスティング(※)」も辻さんが手掛けていますね。

はい。シェフズテイスティングはかつて伊勢外宮店でも提供していて、蔵前は私、伊勢外宮店は森本シェフが開発を担当していました。
各々でコンセプトを決めて、どういったスイーツを作るかを考えていくのですが、森本くんはすぐにアイディアを形にしていったのに対して、私は味や表現に自分の欲が出て、実はなかなか形にならなくて…。
何度も試作を繰り返した後、一度すべてをリセットして、まっさらな気持ちでプレートを見直してみたんです。すると、「私がおいしいと思う物」を押し出すあまり、食べてくれる人の視点を失っていたことに気づきました。

※シェフズテイスティング…シェフが考案した一口サイズのスイーツ5種を、産地の異なるチョコレートのフレーバーとともに味わっていただく、カフェ限定のメニュー。

――自分軸から他人軸へ、視点が変わったのですね。

そこからは、食べる人がわくわくするようなプレートを目指して、見た目と味のコンセプトを考えました。そうしたら、あっという間に構成が組み上がって、2、3日で形になりましたね。
受け手の立場に立って商品を作ることの大切さを、あらためて実感した商品開発でした。

異なる意見を取り入れて、食べる人の気持ちに寄り添った商品づくりを

――商品開発で悩んだとき、周りのスタッフなどに意見を求めることはありますか?

そうですね。話しているうちに考えが整理されたり、なにげなく言われた一言でも捉え方が変わったりするので、私はよくみんなに意見を聞きます。もちろん、同じ立場である森本シェフに聞くことは多いですね。

他のスタッフも、今でこそダンデライオン・チョコレートで一緒に働いていますが、みんながチョコレートづくりをずっとしてきたわけではなく、バリスタとして働いていた人や、食以外の業界から来ている人など、バックボーンはさまざま。なので、私にはない視点で物事を見てヒントをくれるので、助かっているんです。

今やダンデライオン・チョコレートの看板商品のひとつになったガトーショコラも、私が開発を進めた商品ですが、実際は私の提案にみんなの視点も加わって、今の形になっています。

ガトーショコラ
¥3,888(税込)
チョコレート、卵、きび砂糖、バターの4つの原材料のみを使い、小麦粉を一切加えない「グルテンフリー」のガトーショコラです。自社ファクトリーに隣接するペイストリーキッチンで一つ一つ丁寧に焼き上げています。生命力溢れるカカオの風味をダイレクトに感じられる驚きの逸品です。

――確かに、さまざまなバックボーンを持ち、さまざまな業務を担当するスタッフがいるダンデライオン・チョコレートの環境が、スイーツづくりにも影響しているんですね。では、辻さんが今取り組んでいることは?

入社当初からずっとやりたかったボンボンショコラを2022年に商品化するので、今はその開発に取り組んでいます。
ショコラティエではなく、Bean to Bar チョコレートのメーカーである私たちが作るボンボンショコラとはどうあるべきか、私たちだからこそできる表現とはどういうものなのか。それを追求しながら、自分の欲やメーカーとしての欲はできる限り削ぎ落としつつ、お客さまに楽しんでいただけるボンボンショコラを作りたいと思っています。


【参考記事】
●チョコレートメーカーとショコラティエの違いとは?



――楽しみです!最後に、これからやってみたいことを教えてください。

実際に、生産の現場に行くことで感じられること、食べて捉えられるものがあると思うので、一度はカカオの産地に行ってみたいです。
また、環境や社会のために私たちができる持続可能な取り組みについて、作り手の立場から考え、発信していきたいですね。今は廃棄している物を何らかの形で再生することができないか、いつも考えています。

<辻が開発を担当した、オンラインストアで販売中の商品>

ガトーショコラ
¥3,888(税込)
チョコレート、卵、きび砂糖、バターの4つの原材料のみを使い、小麦粉を一切加えない「グルテンフリー」のガトーショコラです。自社ファクトリーに隣接するペイストリーキッチンで一つ一つ丁寧に焼き上げています。生命力溢れるカカオの風味をダイレクトに感じられる驚きの逸品です。

パン詰め合わせ(7個)
¥3,456(税込)
朝食やおやつとして、わたしたちのチョコレートをもっと身近に日常のなかで味わっていただきたいという想いから生まれたダンデライオン・チョコレートオリジナルのパンセットです。
お届けするパンは毎月替わる限定パンを含め、全部で5種類(7個)。全てのパンを蔵前のキッチンでひとつひとつ心を込めてつくっています。


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