2013年、サンフランシスコにオープンしたダンデライオン・チョコレート。
店舗を訪れた堀淵清治は、メランジャー(カカオニブときび砂糖を合わせて挽くドラムシリンダー)からスプーンですくったチョコレートを初めて口に入れたとき、そのシンプルな原料からは想像もつかない複雑なテイストに衝撃を受けたと話します。
「カカオ豆ときび砂糖。たった2つの原材料で、ここまでの味の違いを生み出せるのか」
初めてクラフトチョコレートにふれたときの新鮮な驚きと感動は、「クラフト」がやがてひとつの文化として浸透していくだろうという確信と相まって、のちにダンデライオン・チョコレート・ジャパンのCEOとなる堀淵を突き動かしました。
そこで、堀淵にダンデライオン・チョコレートとの出会いから日本上陸に至るまでの経緯、今後の構想まで、日本の1号店である蔵前店で聞く、全3回のインタビューをお届けします。
第1回は、サンフランシスコでのダンデライオン・チョコレートとの出会いと、日本での展開を決意した理由について。
なぜダンデライオン・チョコレートを日本に?“オタク感”あふれるチョコレートづくりと空気感を徹底再現
堀淵清治(ほりぶち せいじ)
ダンデライオン・チョコレート・ジャパン CEO
早稲田大学卒業後の1975年に渡米。放浪の時期を経て、1986年に日本のマンガをアメリカで出版するビズコミュニケーションを、2011年にはサンフランシスコから日本のポップカルチャーを発信するNEW PEOPLE, Incを設立する。一方で、サードウェーブコーヒーブームを牽引した「ブルーボトルコーヒー」の日本招致に尽力したほか、2016年にダンデライオン・チョコレート・ジャパンを設立し、代表に就任した。
今すぐ日本でやるべきだ――シンプルな原材料で生み出される味わいの違いに感動
――ダンデライオン・チョコレートとは、サンフランシスコで偶然出会われたそうですね。
ダンデライオン・チョコレートが、サンフランシスコのミッション地区に本店をオープンしたのが2013年。ちょうど、私が経営していた会社の本社ビルに入るカフェを探していて、ブルーボトルコーヒーに出会った頃でした。
「サンフランシスコにちょっとユニークなお店ができたよ」と人づてに聞いて、ファクトリー&カフェへ行ってみたんです。
サンフランシスコ・ミッション地区にあるダンデライオン・チョコレート1号店「Valencia Factory & Cafe」。
――最初の印象はいかがでしたか?
一言でいうと、とてもおもしろかった。
チョコレートづくりの原点ともいうべき100年以上前の製法を手探りで再現し、実践しているところにイノベーションを感じました。
何より衝撃を受けたのは、そのシンプルな原材料と、そこから生まれる複雑なニュアンスです。ダンデライオン・チョコレートで使っているカカオ豆は、ひとつの産地から成るシングルオリジンで、原材料はカカオ豆ときび砂糖だけなんですよね。
サンフランシスコのファクトリー&カフェを見せてもらったとき、カカオ豆をローストして砕いたカカオニブをすりつぶして、滑らかなチョコレートを作るメランジャーが、カカオ豆の産地ごとに5つに分かれて並んでいました。各々から少しずつスプーンですくって食べ比べてみると、どれもまったくテイストが違う。
たった2つの原料でここまで味の違いが出せることに、新鮮な驚きと感動を覚えました。
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――プロダクトは違いますが、シングルオリジンによる製法など、ブルーボトルコーヒーと通じるところが多いですね。
そうですね。ブルーボトルコーヒーは、注文を受けてから1杯ずつハンドドリップするのが特徴。この丁寧さが多くの人の共感を得て広く受け入れられたわけですが、こうしたクラフトマンシップの概念はダンデライオン・チョコレートの考え方や製法にも共通しています。
ブルーボトルコーヒーとの出会いで、「クラフト」は必ず世界的なトレンドになっていずれ定着すると確信していましたから、すぐに「チョコレートも、今すぐ日本でやるべきだ」と直感しました。
ダンデライオン・チョコレートの空気感を、作り変えるのではなく“翻訳する”
――その直感を起点に、どのように動かれたのでしょう。
まず、ダンデライオン・チョコレートのオーナーに会おうと決めました。シンポジウムに出たり、メールを送ったりして、直接会えたのは3ヵ月後くらいだったかな。
オーナーの2人(トッド・マソニス、キャメロン・リング)は柔和な雰囲気で、さらに良い意味で“オタク感”がある人たち。それがとても良かった。チョコレートそのものにも、チョコレートの製造工程にも、手を抜かないこだわりが感じられてね。
ダンデライオン・チョコレートのオーナー。左から、キャメロン・リング、トッド・マソニス。
――それこそ、クラフトマンシップですね。
大量生産大量消費のサイクルに反発や疑問を感じる人が増える中で、「一度に作れる量が少なくても、できる限り良い物を」「丁寧に、手間をかけて」といった考え方は時代にマッチしていて、一過性ではない新しい文化、新しい市場を切り拓いていく可能性が十分にあると思いました。
すぐに「日本に持っていきたい」と話をしましたが、当時、ダンデライオン・チョコレートは創業から3年ほどで、 まだ本店をオープンしたばかり。「今はサンフランシスコで知名度を上げていくのが先で、とてもじゃないけど海外展開までは考えられない」と断られたんです。それでも、あきらめきれずにオファーし続けました。
日本でもすでにBean to Bar チョコレートのお店ができつつあって、クラフトチョコレートはこれからさらに大きなムーブメントになる。「(クラフトチョコレートの)先駆者として、今やるべきだ」と伝えました。
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――その熱意が通じて、日本展開が決まったわけですね。
何度か交渉を重ねるうちに意気投合して、合弁会社としてダンデライオン・チョコレート・ジャパンを立ち上げることになりました。
――日本でダンデライオン・チョコレートを展開するにあたって、オーナー陣から言われたことはありましたか?
彼らからは何の要望もなくて。僕としては、彼らのアイディアや商品のコンセプト、そしてダンデライオン・チョコレートが持つ独特の空気感を、カスタマイズする(作り変える)のではなくトランスレート(翻訳)していくことが大切だと思っていました。
ダンデライオン・チョコレートの本質を伝え、文化を作る
――ダンデライオン・チョコレートが持つ空気感とは?
サンフランシスコは、多くのスタートアップ企業が生まれ、成長してきた街。日本にも浸透したUberやAirbnbもサンフランシスコで生まれましたよね。あの街には、新しいもの、おもしろいもの、これから伸びる可能性があるものを積極的に受け入れ、バックアップしていこうという風土があるんです。
企業は、単体では成り立ちません。企業があって、それをサポートしてくれる市民がいて、伸びしろを見込んで投資してくれる投資家がいる。その3者の理想的な関係性の中で生まれ育ったのがダンデライオン・チョコレートなんですよ。
実際、カリフォルニアの店へ行くと、老若男女がチョコレートを楽しんでいて、そのロケーション、スタッフの接し方、お客さんの賑わい、そのすべてが重なり合ってダンデライオン・チョコレートを作っているのがわかります。
――トランスレーションということは、そうした空気感も一緒に日本に持ってこようと。
ただ、日本のチョコレート市場は女性や子供が中心なので、そもそもの環境が大きく違いますよね。暮らしも考え方も違う国で、独特の空気感を含めて魅力を伝えていくのはとても難しいこと。
それでも、Bean to Bar、クラフトチョコレートを一過性のブームではなく文化として根づかせていくには、僕がダンデライオン・チョコレートに出会ったときの感動と同じ、質の高い顧客体験を提供し、日本なりの空気感を醸成していく必要があります。
感動から興味が生まれ、パブリシティにつながっていくように、蔵前店はファクトリーにカフェを併設したカリフォルニアの店の造りを踏襲しました。チョコレートづくりのプロセスにおける“オタク感”も、徹底的に再現しています。
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「製造工程のすべては私たちのファクトリーで」
ダンデライオン・チョコレートのチョコレートバー
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ダンデライオン・チョコレートのチョコレートバー
2階のカフェのテーブルは真ん中が素通しになっているので、下をのぞくとテンパリング(※)や成形の様子がよく見える。飽きずに見ていられますよね。「チョコレートってこうやって作るんだ!2つの原料でこんな味わいが生み出せるんだ!」という発見が、ここから広がっていけば良いなと思っています。
※テンパリグ•••チョコレートの風味をバーに閉じ込め、溶けにくくパキッと割れる独特の食感を出すための温度調整。
蔵前店のカフェのテーブルから見下ろせる、ファクトリーの様子。
――次回は、日本に上陸するまでのプロセスなどについて、より詳しく聞いていきます。