サンフランシスコで生まれたダンデライオン・チョコレートの日本進出を主導した堀淵清治は、日本第1号店の出店場所として東京・蔵前を選びました。窓の外に区立精華公園の緑が広がるこの場所は、元々戦後に建てられた倉庫だったといいます。
なぜ、あえて都心の繁華街ではなく蔵前を選んだのでしょうか。蔵前の地に対する思い、そして日本のダンデライオン・チョコレートのこれからについて聞きました。
●Vol.1 なぜダンデライオン・チョコレートを日本に?“オタク感”あふれるチョコレートづくりと空気感を徹底再現
●Vol.2 不安だらけのダンデライオン・チョコレート日本上陸、「世の中にとって必要なこと」がひとつの文化を根づかせる
堀淵清治(ほりぶち せいじ)
ダンデライオン・チョコレート・ジャパン CEO
早稲田大学卒業後の1975年に渡米。放浪の時期を経て、1986年に日本のマンガをアメリカで出版するビズコミュニケーションを、2011年にはサンフランシスコから日本のポップカルチャーを発信するNEW PEOPLE, Incを設立する。一方で、サードウェーブコーヒーブームを牽引した「ブルーボトルコーヒー」の日本招致に尽力したほか、2016年にダンデライオン・チョコレート・ジャパンを設立し、代表に就任した。
景色も建物も情緒のある「自分が毎日来たくなる」店に
――ダンデライオン・チョコレートの日本1号店として、蔵前を選んだのはなぜですか?
まず、サンフランシスコの店と同じようにカフェを併設した大きなファクトリーを作るには、ある程度の広さが必要でした。そうなると、都心の繁華街では難しいですよね。
ブルーボトルコーヒーの日本1号店を清澄白河にオープンして成功した経験もあるので、ブランドとお店に魅力があれば、繁華街でなくてもお客様は来てくれると思って、東京の東側を中心に場所を探していました。
それで、あちこち見て歩いているとき、たまたま蔵前で良い所を見つけたんです。
――何か、惹かれるものがあったんですね。
蔵前は、職人文化が色濃く残る街。さらに、少し前からアーティストが拠点にし始めている場所でもあって、新しいものづくりの機運が高まっていました。そんな街の雰囲気にも魅力を感じたし、この建物にも惚れ込みました。
元々は、戦前に使われていた倉庫だったそうなんですが、建物に歴史を感じるでしょ。お店に作り変えるにあたっても、建物自体の魅力を損なわないように気をつけて工事をし、古き良き雰囲気をできるだけ残すようにしました。
あとは、建物から見える景色ですね。目の前に区立公園があって、春には桜の木がきれいな花を咲かせるし、初夏は新緑がとてもきれいなんです。2階から見える借景がとにかくすばらしくて、気持ちがいい。
そういった要素が全部しっくりきて、「ここがお店になったら、自分なら毎日来てもいいな」と思えたから、蔵前に1号店を作ったわけです。
ダンデライオン・チョコレート ファクトリー&カフェ蔵前の詳細はこちら
ダンデライオン・チョコレート ファクトリー&カフェ蔵前
――2号店は、東京を遠く離れて、伊勢に建てられたのも意外でした。
蔵前店をオープンしてすぐ、「伊勢神宮に良い物件があるけどどうか」と声をかけてくれる人がいたんです。
僕は、アメリカにいるときから毎年秋になると必ず伊勢神宮へお参りに行っていて、特に伊勢の外宮が大好きだったから、これはもうやるしかないと。実際に見に行ってみたら、それが大正時代に建てられた、本当に素敵な建物だったんですよ。このときも、大正ロマンの香りがする建物と、ロケーションに一目惚れでした。
一般的に、2号店を1号店とこれほど離れた場所に出すなんて、ありえないかもしれないけど、そういうことは抜きにして、伊勢でやりたいと思った。その直感はおかげさまで正しくて、伊勢外宮店も地元の皆さんに愛されるお店に育っています。
ダンデライオン・チョコレート 伊勢外宮店の詳細はこちら
ダンデライオン・チョコレート 伊勢外宮店
“正しいこと”をやり続けることで、本質的なクラフトムーブメントは定着する
――世界的なクラフトムーブメントはいずれ定着し、日本にも浸透するはずだと確信して、ダンデライオン・チョコレートの日本展開を決めたとおっしゃっていましたが、現時点での手応えはいかがでしょうか。
人にも自然にも優しい生産と消費のサイクルで、持続可能な市場を作っていくことは、これからの人類が必ず進まなければならない道。だから、僕らが今やっている取り組みは、廃れることはないはずです。
そういう時代の潮流にのって“正しいこと”をちゃんとやり続けてさえいれば、「おいしいチョコレート屋さんができた」「新しいブランドができた」といった話題性にとどまらない、もっと本質的なクラフトムーブメントが定着していく…いや、定着していかざるをえないと確信しています。
――「世界にとって必要なこと」を、変わらずやり続けることが肝になりますね。
正しくないことをやっていたら、どこかで無理が来るでしょう。もちろん、いろいろなビジネスがあっていいんだけど、僕は社会から本当に求められることをやっていたい。そこがぶれなければ、ビジネスは有機的に成長していくと思っています。
――今は“サスティナブル”や“SDGs”といった言葉が叫ばれるようになっていますが、これがただのトレンドではなくなるときは来るのでしょうか。
もっといえば、もうすぐサスティナブルさえ薄っぺらだと感じるようになるかもしれません。ウイルスとの戦いがあり、災害が起き、自然が破壊されていく中で、今ある快適な状況を維持するサスティナブルは、どんどん難しくなっていくでしょう。
そうしてサスティナブルなことができなくなって、捨てる、あきらめるといったことが求められるようになる世界で、ダンデライオン・チョコレートはどうしていくか。僕は、そこに「こだわりを持って少しずつ」というクラフトの考え方が活きてくると思っています。
新しい世界でのダンデライオン・チョコレートの在り方を常に考えながら、クラフト市場を育てていきたいですね。
――日本のダンデライオン・チョコレートは、今後どのような展開を考えていますか?
コロナ禍はさまざまな影響を多方面に及ぼしましたが、新しい考え方も与えてくれました。オンラインでの販売はそのひとつです。2020年に店舗が閉鎖している時期に需要が拡大したオンラインストアは、今では店舗と並ぶ販売の軸になりました。
在宅ワークがメインの人が増えているなど、新しい暮らしのスタイルが定着しつつある中で、今後はこれまで以上に直接お客様へ商品を届けるビジネスモデルに力を入れていくことになるでしょう。かといって、オンラインだけでは僕たちが伝えたいチョコレートの本質、ダンデライオン・チョコレートの本質を伝えきることができません。
カカオ豆からチョコレートができるまでの工程や、カカオ豆の個性の引き出し方など、カカオの魅力と個性を体感してもらうチョコレート体験は、僕たちがずっと大切にしてきたこと。
お店でのチョコレート体験で感じた驚きや感動を踏まえて、オンラインを通じても引き続きつながっていただけるモデルを作っていきたいと思っています。