チョコレートメーカーの武内優季が、自身のチョコレート開発に伴い、昨年秋ベトナムのベンチェ農園を見学しました。その時のレポートをご紹介させていただきます。
“今回、「ベンチェ, ベトナム 70%」のチョコレートバー開発を行うにあたって、主原料となるカカオ豆がどのような場所で、どのような人たちによって生産されているのか。様々なバックグラウンドを肌で感じ、チョコレートとして表現したい!という気持ちを胸に、2019年秋に開催された、ベトナムへのソーシングトリップに参加しました。
参加者は、グレッグ・ダレサンドレ(ソーシング担当), ベッカ・テイラー・ローズマン(衛生管理マネージャー)、シンシア・ジョナソン(エデュケーションマネージャー)、ハン(バリスタマネージャー)、マリー(ペイストリースーシェフ)、リチャード(ベンチェバーのオリジンオーナー)そして、わたし武内を含む7名。
ダンデライオン・チョコレートが、新しく取引を始めたベンチェ農園はベトナムの Bean to Bar メーカー マルゥ (MAROU)の契約している生産者の一つです。マルゥは、現在ベトナムの6つの地域(ダクラック省、ラムドン省、ドンナイ省、バリア省、ティエンジャン省、ベンチェ省)とカカオ豆の取引を行っています。
2019年8月29日(木)に成田空港を出発し、同日中にタンソンニャット国際空港に到着しました。夕方に着いたため、この日は空港からホテルへ移動し、各自荷解きと休息をとりました。空港からホテルへの道中、夜市や繁華街の煌びやかな照明と、驚くほどのバイク交通量、そしてサイゴンの夜を楽しむ人々の姿に、これから始まる旅への期待を抱きました。
■マルゥファクトリー訪問
8月30日(金)わたしたちは、Bean to Bar チョコレート好きに知らない人はいないであろうマルゥのファクトリーへと向かいます。マルゥは、2011年に創業し、国内外にたくさんのファンをもつクラフトチョコレートメーカーの一つです。年を重ねるごとに注目が集まり、生産量も年々増加したため、3年前に新しい工場を建設しました。
現在、彼らのチョコレートはこのファクトリーで全て製造されており、1日に作られるチョコレートバーは約9,000枚。オンラインストアで販売する商品やグラウンドチョコレート(製菓用チョコレート)もここで作られています。
創設者兼オーナーであるヴィンセント・モローが、工場内を案内してくれました。
マルゥでは月に一回、社員が各生産者を訪れ、全ての袋(1袋20kg程度)をチェックした上で、買い取る量を決めます。
購入する際には、品質のチェックも行います。チェック方法としては、各袋から50粒ずつ選び、カットし、発酵具合やカビの有無を目視で確認。さらに生豆をグラインド(摩砕)したものをテイスティングして、フレーバーのチェックを行います。
1)生豆・サンプル保管倉庫
輸出前の生豆が保管されている倉庫では、マルゥの契約している6つの地方から送られてくるシングルオリジンのカカオ豆が、地域ごとに綺麗に整頓されており、温度管理も徹底していました。
倉庫を進むとファクトリーの入口があります。
ファクトリーに入る前には、専用のコート、帽子、マスク、靴をカバーするビニールを着て手を洗ってかから中へ進んでいきます。
2)ロースター
マルゥでは、ロースト前のカカオ豆の選別を行っていないそうです。
ベトナム製のコーヒーロースターを改良して使っています。異物混入を防ぐため、焙煎中は冷却トレーに蓋しています。
3)クラッキング&ウィノウィング
ウィノワーもベトナム製。ウィノウィングを終えたカカオニブは、ハスクとサイズ別のカカオニブに別れるようになっています。
ウィノウィング後には、更に細かくハスクを取り除くため手作業で選別を行います。選別が終わった後のハスク含有量は、わずか0.2%。
カカオニブはそれぞれオンラインストア用カカオパウダーやカカオニブ 、チョコレートバー用のカカオバター 、フレーバーのチョコレートバー、シングルオリジンのチョコレートバーなどに分かれて行きます。
4)メランジング
15台のインド製メランジャーとカカオバターを保温する機械があります。マルゥでは粒度は17〜23ミクロンまでさげていました。
現在メランジャーは、フレーバーを使用したタブレットのみに使用しています。
5)ユニバーサル
ユニバーサルは、カカオニブと砂糖を投入するとグラインド(磨砕)、コンチング(精錬)まで行なってくれる優れた機械です。500kgのカカオニブを16時間グラインドした後、10時間コンチングにかけます。その後、粒度が20ミクロン以下になるまで別のコンチングマシーンに再度かけます。マルゥではシングルオリジンのタブレットのみにユニバーサルを使用しているそうです。
6)テンパリング
テンパリングマシーンはSelmiというメーカーのものを使用しており、1日約9,000枚のチョコレートバーを生産しています。
7)フォイリング/ラッピング
1日で平均6,000枚ほどのチョコレートバーをラッピングします。
マルゥのファクトリーを見学して、衛生管理を徹底していたのが特に印象的でした。
ファクトリーに外から入る際は、専用の服と帽子をかぶり、靴にカバーをします。また、マスクの着用と手洗い・消毒は全員が徹底して行っています。
ホーチミンの気候は、夏場の東京と同じように蒸し暑く、蚊やハエがたくさん発生します。そのため、配送業者が、作業場に足を踏み入れることはありません。外からの出入りを最小限に抑えるため、配送物を保管するための部屋がありました。
マルゥの人気は年々高まっています。サイゴンの繁華街にあるMaison Marouというカフェでは、現地人に加え、海外からの観光客でとても賑わっていました。
知名度の上昇により需要が急速に増えているそうで、新しく建設された工場では、これまで以上の量のチョコレートを作っています。生産量を増やしながらも、衛生管理や一貫性、クオリティを保つのはとても大きなチャレンジだと思います。
マルゥのファクトリーを一通り見学した後は、ベンチェにあるカカオ農園に訪問します。
ベンチェのカカオ農園は、マルゥファクトリーがあるホーチミンから、車で2時間半ほどのところにあります。ここには、VO VAN BANさんが切り盛りする小規模農園と、もうひとつ別の農園があり、この2つの場所で取れたカカオ豆がブレンドされています。
わたしたちが訪問したBANさんの農園は、1ヘクタールほど。何人かのお手伝いさんと一緒にカカオ豆の栽培から発酵・乾燥まで全てをここで行なっています。
栽培方法には、シェイドツリーを取り入れており、2〜3m程のカカオの木の他に、ココナッツ、チリが植えられていました。
■品種について
品種はトニタリオ種で、左からTD3, TD5, TD6,TD8,TD9(TD:Tus Ducの省略)。TD5はクローンで、品質としてはイマイチですが生産性がいいので栽培しているとのことでした。
ベンチェのカカオは、マルゥとピュラトス・グランプラス*という企業に卸されています。
マルゥは、カカオポッド1個につき、5,500〜6,000ドン(日本円にして25〜27円ほど)で購入しているそうです。これは、マルゥが契約している農家の中でも高い方なんだとか。ちなみに、ベトナムのペットボトル(500ml)の水が6,000ドンだったので、カカオポッド1つがちょうど500mlの水に相当します。
収穫の際に取り除く、不良ポッドの原因は各農家さんにより異なるそうです。BANさんの農家では、ブラックポッドが主な問題なんだそうです。
熟していない&ブラックポッド
よく熟したポッド
マルゥの経営者の一人であるヴィンセントが、ベトナムのカカオ生産の現状について、「ベトナムでは、ジャックフルーツやドリアンなどの生産農家が増えています。『スペシャリティ』が付くフルーツの栽培の方がカカオの栽培よりも儲かるので、カカオ農家の数が減っているんです」と語っていました。
■発酵
発酵箱は木製。カカオが栽培される場所のすぐ隣に設置されていました。
これまでは4個の発酵箱を使用していたそうですが、最近4箱追加したようで、新しいものはまだ使用していない様でした。
BANさんたちは、1箱で250kgの豆を発酵していました。
グレッグに聞くと「発酵量として250kgは小〜中規模。少ないところだと150kg/箱、多いところだと1ton/箱を1箱で発酵させている」とのことです。
1つの箱に入れるカカオの量が少ないと、嫌気発酵により熱が短時間に急速に入ってしまいます。また、熱の入り方もまばらになってしまうため、発酵がうまく行われません。
ここでは、発酵に平均5〜6日間ほどかけており、最初の2日間は1つのボックスで発酵させ、その後1日おきに他の箱に移し替えているようです。
発酵中の最高温度は、45〜48℃。そこから徐々に温度が下がっていき、発酵が78%になるところで止めています。発酵具合を示す、パーセンテージ(最良指数)は、各農家により異なります(例えば、カミノベルデは65%発酵がベストなど)。
発酵をやり過ぎてしまうと泥っぽさや、嫌な酸味のフレーバーが強くなってしまうのです。
発酵中のカカオの匂いを嗅ぐと、ヤクルトみたいな乳酸と、カカオパルプのまったりしたフルーティーな香りがしました。
■乾燥
乾燥はその土地の気候により異なりますが、平均7〜10日間ほど行わていると言われています。ここは湿気の多い地域のため、乾燥に時間も手間もかけています。
カカオの外側は、比較的乾きやすいですが、内側までしっかり乾燥させないとカビの原因になってしまいます。しかし、直射日光で短時間で乾燥させると酸っぱくて苦味の多いカカオになってしまいます。そのため、テーブル台の上に網を敷き、上はビニールをかぶせて乾燥させていました。脚付テーブルの乾燥台は、5台。最初の数日は、乾燥にばらつきが出ないよう、日中は2時間毎にかき混ぜているそうです。
■使用されない Bean to Bar チョコレートの機械
様々な農家に訪れる度に気づくのが、使われないまま放置された機械です。
どこかの企業の人が、効率をよくするために持ってくるこれらは、品質良いカカオを作るための構造とは相反するため、物置になっているケースがほとんどです。
ベトナム農園訪問を通じて、更なる Bean to Bar に関する知識を身につけることができました。自分の知識だけでなく、ダンデライオン・チョコレートという会社の一員として、生産農家との関係性の大切さや、チョコレートメーカーとしての責任を感じました。
これからも美味しい、ダンデライオン・チョコレートらしいチョコレートを作っていきたいと思います。」
*ピュラトス・グランプラス:マルゥとは別のベンチェ主要卸先であるピュラトス・グランプラス。ベトナムでは知らない人はいない程の大企業です。スーパーに売られているチョコレートの多くは、ヨーロッパの企業のもので、ピュラトスのチョコレートを使っているそうです。
Text by Takeuchi ”